犬もカメもくわない ×××

           〜遥かなる君の声 後日談・その5
           なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 


 それはそれは落ち着いた、風格ある調度が据えられた執務室は、中庭に向いた大きな窓からさし入る、透き通った秋の陽を満たしての、何とも居心地のいい佇まい。それまで眺めていた内宮限定の官報の綴りを、手近なテーブルの上へ ほいと戻すと。基本の礼法は仕込まれてあったが故に優雅に収まる所作にて、どちらかと言えば武骨な作りの手が、小さなカップを摘まみ上げる。どのような好みの人へも満足を与えられるよう、最高級の茶葉をと選りすぐって作られたそれだろう。この国の王家ご用達という冠つきの品を使った、香りも芳醇なアフタヌーン・ティーをいただきながら。その翡翠の視線が眺めやったのは。大窓の向こうに広がる、随分と高くなった秋の空。

 「……。」

 今年もそろそろ、各地からの収穫の便りが聞かれる頃合いとなった。この夏は、いい日和と雨とがほどよく行き来したせいか。小麦などの穀物も、その他の作物も、充実した出来の豊作だったという吉報が、いち早く集まりつつあったし。牧畜や狩猟漁業から、様々な工芸、そしてそれらを流通させる商いの世界でも。バランスのいいままに物資がやり取りされの、それは穏やかな笑顔が町にも村にも満ちあふれており。

 “大きな災害や疫病などの報告もなし…と来て、
  俺にしてみりゃ暇で暇でしょうがなかったくらいだ。”

 大きな力をお持ちの導師様、どうかどうか神官らへの相談役として、もう少し、今少し、ご滞在願えませぬかと、年若な陛下や皇太后、隋臣長などから、暦の節々などになるごと、先んじて言葉を重ねられ、それでの逗留が、もう結構な歳月続いている。聖地の主脈がほとばしる場所柄だということもあってだろう、ここは他の地域に比べればまだまだ信仰の厚さも健在であり。神官の立場も役目も重要だと、誰もが心から理解している聖堂のようなもの。よって、環境といい待遇といい、無理から振り切るほど嫌なところじゃあないけれど。

 “…そんでもなぁ。”

 親衛隊の習練に加わっての剣術も磨いてはいるけれど、道場剣術はとうに皆伝の身。それどころか、現今の時代ではおとぎ話にしか出て来ないような、そんなとんでもない化け物相手の修羅場さえ、数々と体験して来たほどの つわものなので。野蛮なことへと常に身を投じていたいとするような、すれっからした暴れん坊じゃあないものの、あまりに穏やかが過ぎる安泰な日々は、若い身空にはなかなかに苦痛だったりし。その日その日を生きてくだけでも大変な人々も、今もって少なくはないことを考えれば、こんな感覚を持て余すなんてのは、たいそう贅沢な悩みなんだろうけれど。それでも……、

 「〜〜〜。」

 自分だけが何でまたと、ついついそう感じるような素因もあってのこの煩悶。その、とんでもない修羅場をともに制覇したお仲間の面々は、それぞれの将来を選んでの新たな旅立ちをと、各々の道へ羽ばたいていってしまってとんと久しい。望めば伝信でどうとでも連絡は取れるとはいえ、大変だったよ〜と口では言いつつも、そりゃあスリリングで迫真の冒険だった武勇伝、爽やかなまでのにこやかに、意気揚々と語ってくれる魔導師コンビや。こちらは特に何てことはありませんようと、のほほんと微笑う小さな御主の肩先。ハムスターやカナリアにまで変身出来るようになった聖鳥さんが、ねえねえボクの方を見て下さいよぉと。元の主人をそっちのけ、そんな態度も出来るなんて聞いてないぞというほどの、愛らしい甘えようで何とも睦まじそうに懐いてる様子とか。いかにも気ままそうで、そして、ささやかでも何かしらが起きては楽しそうな日々を、ご披露していただくばかりな立場というのは何とも遣る瀬なく。


  ―― そんなこんなを胸の裡
(うち)で転がしていた憤懣ぶりが、
      どこぞの誰ぞかへ届いたものか。

  「……?」

 ふと。何かしらの気配を察して、腰掛けていたソファーから立ち上がる。穏やかな日々に埋没されかけてはいても、突発的な事態へこそ対処の加勢をと求められよう身だとの心得もあってのこと、その反射や戦いへの機転、瞬発力は、それこそ常日頃から研ぎ澄ませ続けており。襟足を覆うほどにも延ばした黒髪の裾、ふるりと揺すって周囲を見回し、どこから届いた気配かをあらためて感知し直そうとしたところが、


  「ハバチラっ!」
  「え? どわっっ!!」


 呼ばれたらしいのへと反射的に顔を向けたのと、そんな身へ何物かが ど〜んと景気よくぶつかって来たのがほぼ同時。くどいようだが、ここは聖なる気脈がほとばしる、仙聖の泉の真上へ築かれた城だってのに。そこからの御加護による結界をものともしないで、しかもしかも、この勢いで飛び込んで来られる者が、

 “同じ日に二度も押し寄せるか? フツー。”

 何もない空間から滲み出して来たという、普通一般の人間ではまずは考えられなかろう、神憑り的な現れ方へと驚かなかった彼であったのは。ええ、はい、実は。ほんの何刻か前にも、こんな勢いで突っ込んで来た誰かさんに、ど〜んっと景気よくぶつかられた覚えも記憶には新しかった、アケメネイからの客員にして、封印の導師様、葉柱ルイさんだったりいたしまし。

 「何なんだっ、お前らっっ!」
 「ハバチラっっ! セナしゃまハ? こっち、キナイ?」

 押し倒されなかったところは、さすがの粘り腰だったけれど、飛び掛かったそのまま矢継ぎ早に訊いてくる相手の勢いに、

 「…ま、まずは落ち着け。」

 ついつい押されて自分から引いてやったところは…、恐持てな見かけに拠らず、相変わらずに人がいい。だがまあ、それも仕方がないかも。というのが、今更の解説では遅すぎの感も否めない、遠方からの瞬間移動、遠歩の咒で翔っ飛んで来たのだろうその人物が。かっちりした導師服といういでたちが仰々しく見えるほど、いかにも幼いお顔に座った、潤みの強い大きな瞳をなお潤ませて。ねえねえ、教えて聞かせてと、まだまだ幼い可愛らしい作りの小さなお手々で、こちらの胸倉、きゅうと捕まえての、すがりついて来ているからであり。しかも、その姿だけからならば出ては来なかろ感慨、

 「そっか、お前、片言で話せるようになったのか。」

 そんな…ちょっぴり上からの口利きが出た葉柱さんだったのは。上背がある方な自分の懐ろまでしか背丈がなくて、まとまりは悪いがふわふかな手触りのする、柔らかな髪の男の子の正体が、ちゃ〜んと判っておいでだったからに他ならず。

 「セナしゃまっ! ハバチラ、ちらない?」
 「落ち着けっつーの、カメ。」

 つかお前、俺のことは呼び捨てか? こらと。相手の正体が判っていてこその、彼の側へも多少はむっかりな要素があったのへ、
「わんこやにゃんこへの変化
(へんげ)と違って、人語を話すのはなかなかに難しいらしいんだ。だから、その辺は大目に見てやってよ、葉柱くん。」
 ご本人に成り代わり、そんな弁明して差し上げた、事情をようよう御存知らしき“お連れさん”も同行していたらしく。そちらさんも似たようないで立ち、襟の詰まった型の導師服がよく映える、気品に満ちてノーブルな面差しの貴公子は、

 「桜庭か、久し振りだな。」
 「うん。先々月に伝信で話して以来だね。」

 亜麻色の髪にすべらかな頬。どこぞの神殿へと献上された塑像を思わす、均整の取れた、若木のようにしなやかな肢体を、そろそろ大人の壮健さで固めつつある年頃かと匂わせる、一見 葉柱と同世代の青年風だけれど。実は結構な歳月を長々と生きているという魔神だか精霊だか、人にはあらぬ存在だとも聞いている、桜庭春人さんじゃあありませんか。
「この姿なのに、よくもまあ、瀬那くん本人じゃないって判ったね。」
 咒で突然現れることだって可能な子だってことも、重々知ってる君なのにと、マイペースにも、そっちへ驚いたよなんて言ってるお気楽な白魔導師さんへ、
「あのな。こいつはそもそも俺が連れてた聖獣だぞ?」
 いくら…どこから見ても瓜二つ、彼らが知ってる“光の公主様”そっくりに変化しておろうとも。その大元の存在の、個体波長とでもいうのでしょうか、個別の特徴の気配、覚えてなくてどうするかと、ともすりゃ“馬鹿にしてんのか”と怒り出しそうなノリで言い返して来る葉柱であり。

 “あれかな。お母さんの作ったキンピラは間違えないっていう。”

 違うと思います、桜庭くん。
(お〜い) そんな途轍もなく手前なことを取り沙汰してみた、そういうところは昔の名残りが出てしまうのか、至ってお呑気な桜庭へ、
「つか、お前らセナ坊を探してんのか?」
 訊きながら、その恐持てのするお顔の眉根をぎゅうと寄せてしまった葉柱だったのへ、何を含んで訊いているものかが判ってだろう、桜庭が面目次第もございませんと肩をすくめてしまい、

 「ハバチラっ、セナしゃまっ、セナしゃまはっ?」
 「…お前もちっとは空気を読め。」

 気が急いてのことだろうが、それにしたってと。うんうんと力を込めて揺すっても、全くビクともしない相手へ、それでもと一方的な物言いを続けつつ、しがみついたままな少年の懸命さへと、辟易半分に溜息をついた葉柱であったりし。彼だとて、この…見た目は彼らの知己にして、仕える御主でもある光の公主様の身に、何かあってのそれで、こうまでの恐慌ぶりなんだろなという次第くらいは、何となく把握出来てもいるのだけれど。

  ―― といいますか

 「セナくんがいなくなったらしくてサ。」

 いきなり飛び込んで来ての今になってやっと、その主旨説明にかかってくれた美丈夫さんが言うところによると、
「何があったかは判らないままなんだけど、何かあった時のためにって妖一が渡しておいた念石を置いて、セナくんがどっかへ飛び出してったらしくてね。」
 何物かに攫われたとか、そういう方向の事態じゃあないらしい。それだったなら、あの進が一緒にいるんだもの、うかうかと、まんまと、攫わせる訳がない…と。褒めているのだか、それとも、だってのにこの状況だと間接的にこき下ろしているのだか、そうとも解釈出来そうな言いようをした桜庭は、
「念石からセナくんが離れたことで、却ってこっちへ異変を伝えてくれて。それでって駆けつけてみたら、石みたいに固まってた進が、僕らを見て、今度は闇雲に飛び出そうとしたもんだから。」
「だから?」
「そっちは妖一が咒で有無をも言わさずの拘束して見張ってます。」
 しれっと言うが、それって もしかせずとも立派な力技なんでないかいと、呆れてしまった葉柱の…話を聞きつつもどこか落ち着き払っている様子に、さすがに桜庭の側でも気づいたようで。

 「どうやら、カメちゃんの探知の能力は大したもんらしいね。」

 ホントはね、それをのみ特化させての叩き込まれている、いわば“封印結楔”の専門家な葉柱へ、自分たちよりも鋭敏な探知能力でセナくん捜しを手伝ってもらおうかって、そんなつもりでいたんだけれど。

 「……此処に来てるんだろ?」
 「まぁな。今さっきのカメの突撃と全く似たよな勢いだった。」

 そうと応じて、さて。頭上へひょいと持ち上げたのが、濃紺の導師服に包まれた相変わらずに長い腕。それを指揮棒でも振るうよに、ふわり、宙を掻き回すような案配で振って見せれば。室内の一角が不意に色みを変化させ、誰もいなかったはずの窓辺のソファーに、小さな人影が腰掛けている姿が ふわっと浮かび上がってくる。

 「セナくん。」
 「セナしゃまっ!」

 ぱたたっと駆け寄った少年と、瓜二つな男の子。飛び込んで来たおりはどこか項垂れていたものが。さすがに今は多少は落ち着いてもいてか、慕ってのこと懐ろへ飛びついて来た、双子のようにそっくりな男の子を受け止めると、

 「ごめんね、カメちゃん。心配させちゃったね。」

 互いの柔らかな頬へ、頬擦りをし合う可愛い子ちゃん同士へと、
「ほれ見な。何も言わずに飛び出して来るから、余計に大混乱になっとるぞ。」
「う…。」
 つれなく聞こえたかもしれないが、甘やかしゃあいいってもんじゃあないと思っての言わば荒療治。そして…叱られても詮無いと、そこは重々判っているものか、小さな公主様、首をすくめて鼻白らむ。

 「一体何が原因で飛び出したのサ。」
 「何だ、それも確かめて来とらんのか。」

 これだから甘やかすばっかな連中はよと。そういえばこの王城キングダムの御城下でも、ひょんな切っ掛けから青少年の更生活動に関わる格好になっている封印の導師様。桜庭から訊かれ、やれやれと小さく吐息をついて、

 「些細な口げんかが発端なんだとよ。
  蛭魔の耳に入ったら、とんでもねぇ説教食うことになんぞ?」

 後半はセナへと聞こえるように言えば、はややとますますのこと首をすくめてしまった、小さな公主様が言うことにゃ、


 「だって…進さんたら、何度言っても聞いてくださらないんですもの。」

 「何をだい?」

 「いつだって、あのその、ボクの方ばかり見てらっしゃるものだから。
  そんなされては何にも出来ませんって言うのに、
  気がつくとやっぱりじっと見やっておいでだし。
  それは凛々しくて精悍な、男らしいお顔で
  “どうしましたか?”って覗き込まれると、胸がきゅううんって苦しくなるのに、
  やっぱりちっとも判って下さらなくて。
  お熱でしょうかって、大きな手を伏せてくださるのがまた、
  ドキドキしちゃって…あのあの。////////」

 「……ふ〜ん。」


 目元が赤いのは、泣き腫らしたからじゃあなく含羞みが滲んでのそれ。俺はこれで二度も聞かされたぞと、ともすればうんざり顔の葉柱から、こんな遠くまでわざわざ惚気に来たらしい王子様が、お迎えの貴公子さんへあっさりと差し出されたのは言うまでもなく。

 “本人には苦悩なのには違いないのかも知れねぇが。”

 何ともお幸せなことよと、巻き込まれた不幸に溜息ひとつ、深々とついて。ああいうのが飛び込んで来る先として、当分はこの居場所、動かす訳には行かないらしいとの覚えも新たに、

  「葉柱様、午後の手合わせ、お願い致します。」
  「おうさ。」

 親衛隊からのお呼び立て、やっと来たかと応じてのしゃきりと立ち上がり、何事もなかったかのように、不思議なすったもんだがあったお部屋を後にする封印の導師様。秋の陽射しも穏やかな、とある午後の王宮でのお話でした。





  〜Fine〜  08.10.11.


  *もういい加減、
   この“その後”っていうサブタイトルは要りませんかねぇ?
(笑)

  *そろそろもう一個の方の王宮話での“ハロウィンもの”を、
   考えないとなぁなんて思っていたのですけれど。
   本家(?)のこっちもご無沙汰してたのを思い出し、
   特に触れてないままになってた葉柱さんのお話を、
   やっとお届けすることと相成りました。
   面倒見のいいお兄さんなところは健在で、
   セナ様までもが避難所代わりにしている頼られようです。
   ……こりゃあ当分はアケメネイへ戻れそうにないですね。
(苦笑)

めるふぉvvhappaicon.gif

back.gif